2013年2月26日火曜日

留学に至るまで (4)

「留学に至るまで (3)」にも書いた,必要書類を東洋学大学にDHLで送って一か月。
ちなみにDHLでつくばからタシケントまで送ると,大体6,000円くらい。
郵便事情が悪いウズベキスタンで普通郵便で送るのはリスキーなので,DHLを選んだが…
それにしても貧乏学生には痛い出費だ。

明確な返事が来たのは年明け間もなくだった。

Н Е Т .   (だめ)

だった。具体的には,
  • 教育省の方針で,9月以外に留学生を受け入れることはできない。
  • よって3月受け入れはできない。
ということのようだった。
東洋学大学の国際課は相当プッシュしてくださったようだが,法律の壁は厚かったようだ。

1年次の半ばから具体的に練ってきた留学プランが,音もたてずに脆くも崩れた。
間もなく,電話で指導教員といろいろなやり取りをした。

その中で現実化しそうだったのは,隣国のクルグズに留学するというもの。
確かにクルグズのドゥンガン人にも興味がある。
数日,悩んだ。しかし,やはりウズベキスタンのタタール研究を私はしたかった。
答えは出なかった。

絶望に暮れた。このいつもヘラヘラしている私が,
珍しく「諦める」という選択肢を選びかけた。

遠のくウズベク留学への道
上記写真はウズベキスタン・ブハラのポストカード。


しかし,それから間もなく。一筋の希望がもたらされたのである。
私の状況を聞きつけた,懇意になっている先生からだった。

「協定校であるタシケントの世界経済外交大学は外務省管轄の大学です。
うまくいくかもしれない。
検討してみてはどうでしょう。」

というもの。しかも,世界経済外交大学で学ばれた先生は,わざわざ先方に話を通してくださったという。


そこで初めて世界経済外交大学という選択肢がポッと湧いて出たのである。
もちろん協定校であるから,もとから選択肢にはあった。
しかし,指導教員曰く「中々レスポンスが返ってこない」し,専門も異なる,しかも今まで筑波からは誰も留学していない,という理由で選択肢から外していた。

この際,フィールドに1年間行くことを一番に考えた。
しかも,世界経済外交大学はウズベキスタン中の優秀な学生が集まる場。得るものは大きいと思った。前例がないなら、作ってしまえ —— そういう勢いが私の中に生まれた。

それから間もなく。
先生のご友人も紹介していただき,大使館でいろいろな手続きをするに至った。


ウズベキスタン留学の詳細についてはこちらもどうぞ。
「ウズベキスタン留学記 ~留学先としてのウズベキスタン」
「ウズベキスタン留学前準備あれこれ」


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2013年2月24日日曜日

留学に至るまで (3)

忘れもしない。
冷え込みが厳しくなってきた,2012年11月20日のことだった。

その日の夜7時過ぎ,指導教員から一本の電話が入った。
こんな時間に珍しいなと思いつつ,また何か急に手伝うべき講演会でもあるのかなと,軽い気持ちで押した通話ボタン。

しかし,想定していた講演会の話は出なかった。
先生は開口一番にこう告げた。


「まずいことになった。
東洋学大学の受け入れが絶望的な状況になってしまった。」


電話口に,先生の焦りと困惑が混じったような声がそう告げる。
そのとき,何か悪い冗談かと思った。
しかし,さらに困ったような声でもう一言付け加えた先生に,
これは冗談なんかではないのだと悟った。


「どうやら,ウズベクの教育省の法律が変わったらしい。
ウズベクの国立大学はは9月からの受け入れでないと,留学生は一切受け入れないと。」


どうやらそうらしい。
おそらく,世の中には9月留学がゆえに留学に踏み切れない人も多いだろう。
ウズベキスタンの国立大学は,2013年以降は9月以外に留学生を受け入れないという。

しかし私立や,管轄が教育省以外の大学についてはその限りではない。
これが後々大きなポイントとなってくるとは,このときは思いもよらなかったが…

「ただ,東洋学大学の先生が何とか掛け合ってくれるようだから,
大至急必要な書類を今すぐ集めて先方に送ってほしい。」


筑波大学には中央アジア事務所が東洋学大学にある。
先方にはベテランの日本人の先生もいらっしゃる。

もしかしたら… という一筋の希望に賭け,私は必要書類を超大至急に集めることとなった。以下で,どんな書類が実際に必要とされたのかを挙げておく。

のちに,先生からは12月15日タシケント必着という書類が届いた。
どんな書類が必要かの一覧もあった。



ウズベキスタン留学に必要な書類は以下の通り (2013年の段階で)

  • 成績証明書 (英文)
  • 在学証明書 (英文)
  • HIV検査証明書 (英文)
  • 健康診断結果書 (英文)
  • 研究計画書 / 研究目的 (英文)
  • 履歴書(CV) (英文)
  • 学長と学群長の推薦書 (英文)
  • 証明写真 (3x4を10枚程度)

今後留学に際して必要な書類は変更になる可能性もあるが,おそらく大まかなものは変わらないであろう。
他大学ではどうか分からないが,筑波大学では証明書類の英文発行に1週間はかかる。
留学を考えている人は,事前にこうした書類を2-3枚,手元に取っておくとよいだろう。
また,HIV検査については各自治体の保健所で無料で受けることができる。
証明書の発行には1,000円程度,そして1週間程度かかるので,こちらも計画的に。

また,すべての書類はPDF化して,手元にとっておくこと。
そして,証明写真も一々撮影すると時間とお金のムダなので,データで取っておき,コンビニで印刷すると便利だ。




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留学に至るまで (2)

前回の「留学に至るまで(1)」の段階で2011年10月。

学部は出来れば4年で出たいと思っていた私は,3年次進級と同時に留学する計画を立てた。周囲には「無謀」と言われた。
しかし,私は自他ともに認める「キコエナーイ星人」である。
当然ながら私は完全に,2年次が終わってすぐに日本を飛び出すことしか考えていなかった。


ウズベク留学 計画初期段階のノート
英語なのに理由はない


この段階で,留学まで1年半以上。
しかし,この選択がのちのち私自身を苦しめることになろうとは。
この話についてはまた後ほど。

1年半という時間的余裕も手伝ってか,学部1年次で具体的な留学準備をした記憶はない。
強いて言えば,ロシア語とウズベク語にきちんと取り組むようになった程度だ。
ちょうどこの頃,留学生チューターの仕事にも慣れ,指導教員から中央アジア出身の留学生のお世話を頼まれることも増えた。


あゝ,素晴らしき哉!
筑波大学には,何十人もの中央アジア人が在学してゐるではないか!
うるさい おしゃべりな私は,大学にいる中央アジア人のほとんどと知り合いになった。


それと同時に,広がる友人の輪…
それと同時に,留学生には「最近ウズベク人ぽい」と言われ…
それと同時に,大きくなるばかりのウズベク留学への期待…


そんなこんなで,1年次の後半には,毎日中央アジアの誰かと学内でお茶を共にするような日々を送っていた。
2年次の前半まで,そんな生活が続いた。

結局,書類を書いたり,留学先とのやり取りなど,本格的な準備を始めたのは翌年2012年12月頃,2年次後半のことだったと思う。

ウズベキスタン留学の詳細についてはこちらもどうぞ。
「ウズベキスタン留学記 ~留学先としてのウズベキスタン」
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2013年2月23日土曜日

留学に至るまで (1)

中央アジアに留学したい!

漠然とそんなことを考え付いてしまったのは,忘れもしない
2011年,学部1年次の盛夏のことであった。
中央アジア人からの留学生たちとの出会いが,私をその世界へと誘ったのである…


アジアとヨーロッパの中間にあたる中央アジア。
そこからやって来た留学生たちの顔立ちは,日本人にそっくり!
そして,彼らの話す言語は耳馴染みがいい!
衝撃!(言語は何だか東北弁の響きにも似ていて,尚親近感…!)

www.asiafinest.com 
中央アジア人の顔は,日本人にそっくりだ。

その時,私はふと何年も前に観た,
「NHKスペシャル 新シルクロード 激動の大地をゆく」
を思い出したのである。
今思えばこのNスペが私が中央アジアに興味をもつ,全てのきっかけだったかもしれない。

それから数日間,重篤な「中央アジア病」にかかり,最終的には完治の見込みはナシと悟った。

※ ちなみにこの危険な病については私の周囲にも罹患者は多い。
    筑波大学という特殊な環境ゆえだろうか…

元々はウクライナ留学を希望していたが,気持ちは完全に中央アジアへと傾き…
夏休み明けには完全に中央アジアしか見えていなかった。

更に,タイミングよくと言うべきか。
それから間もなく,在学中の筑波大学で「ウズベキスタン・日本学生学術フォーラム2011」が開催され,更に私の中央アジア病を進行させる結果となった。


そうと決めれば,あとは早い。
私はすぐに指導教員の研究室のドアを叩き,相談するに至った。


教育環境や私の研究の興味対象もあり,結果的にウズベキスタンの東洋学大学に留学する計画を立てることにしたのであった。
その段階で2011年10月。年明けすぐに,東洋学大学に手続きをするつもりだった。


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2013年2月22日金曜日

遂にウズベクビザが手元に!

2日前,
2月20日…

ついにウズベキスタン大使館よりビザが発給されました!

もちろん留学ビザで,しかもマルチです。
すごいのは,なぜか即日で発給されたこと。


発給まで4-5日かかると言われ,とぼとぼ大使館から品川駅へ向かおうとしていたその時。
携帯電話が鳴り,ディスプレイに表示される「ウズベク大使館」の文字。

「先方の大学から書類が来ていたようで,ビザが出来た」

との連絡が。

な ん だ と ?!
冴えない表情が,一気に笑顔になったので顔の筋肉を傷めそうになりつつ…
大使館まで全力疾走。
途中,交番のお巡りさんに変な目で見られるのも厭わずに。


結局4-5日のはずが,4-5分で発給されることとなりました。
しかも,中々取りにくいと言われるマルチでの発給です。


後々まわりのウズベク関係者たちに聞いて回ったところ,
確かに即日で出ることはたまにあるが,留学ビザでマルチは初めて聞いた! 運がいいね!
とのこと。
(たしかにこの間,犬の忘れ物を踏んだりしたので,ウンは…付いている!)


なお,ウズベクビザについては,以前の手続きと大きく変更がありました。
最近はビザの申請にあたって,EVisaというものが導入された模様です。
今までは大使館備え付けの申請書での申請でしたが,今回からはオンライン申請書を自分で作成するようになりました。

詳細は大使館HP参照のこと。


また,ウズベク大使館も昨年に移転しておりますので,持ち込み申請をお考えの方はお気を付けください。

新住所・連絡先
108-0074 東京都港区高輪2-1-52
代表番号  03-6277-2166
領事部   03-6277-3442 
ファックス  03-6277-2580


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2013年2月19日火曜日

ブログ開設!


Assalomu alaykum!

この度,「タシケントの中心で,愛を叫ぶ」という,
いかにも胡散臭いブログを始めました,中村 瑞希(なかむら・みずき、ウズベク名:Manzura)です!

タシケント?
タシケントとは何ぞや?
新発売のお菓子? うまいの?

そう思われる方が一般的には80%くらいかと思います。
ただ,ブログのタイトルがタイトルなので,タシケントを知っていらっしゃる方も多いかも?

タシケントは中央アジアのウズベキスタンという国の首都で,
筆者は来月からそこに一年間留学するのです。 
(このへん↓)


皆さまにタシケントのことは何となく分かっていただけたと思います。
では,もう一つ。

そこで,愛を叫ぶ?

そうです。
愛を叫ぶのです。


留学中には家族や友人や恋人が恋しくなるでしょう。
彼らに,愛を叫びます。

留学中には久々に会う友人に会うでしょう。
彼らに,愛を叫びます。

やっとの思いで実現へと向かうタシケント留学。
タシケントに,愛を叫びます。

……以下略。


どうでもいいか(呆)



何はともあれ,このブログでは

・留学準備までの修羅場
・留学中の生活や気づき
・研究について
・ウズベク語やロシア語
               …などなど

日常のいろいろを書き連ねつつ,読者の皆さまと交流していきたいと思っております。
今日からよろしくお願いします!


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