2013年4月19日金曜日

ウズベク語のいま

ウズベキスタンは多民族・他言語の国だ。
この国には実に120以上の民族と,それ以上の言語が共存している。



基本的には国語であるウズベク語と,民族共通語のロシア語が話されている。
旧ソ連を構成する国の一つだったウズベキスタンでは,ソ連時代は盛んにロシア語教育が行われ,その地位も大変高いものだった。
ロシア語教育は充実し,知識人のステータスのような扱いだった。
当時はどんな民族であってもロシア語だけ話して生活する,ということは実に普通のことだったという。
現在でもソ連時代・ソ連崩壊直後に生まれた人の多くはロシア語を得意とし,ウズベク民族以外の人の多くもロシア語を母語としている。


ところが,それから20数年が経った現在。
ウズベキスタンは独立し,その名の通り「ウズベク人の国」となった。
街の中ではウズベク語が盛んに聞こえるようになり,ロシア語の地位が下がり始めた。
現在でもロシア語教育は盛んに行われているが,「学校ではロシア語,それ以外ではウズベク語」という感じだ。



ウズベク語授業ノートテキスト辞書




それに困ったのは,ウズベク語を話さない民族だ。
ロシア人,タタール人,朝鮮人が今も多くウズベキスタンで暮らすが,彼らの母語はロシア語である。
これまではロシア語のみで事足りた社会なので,誰も彼らがウズベク語を知らないことに対して疑問も不便も抱かなかった。
ところが現在は社会の急速なウズベク化に,彼らは焦りを感じているようだ。


私が留学する大学には,ロシア人・タタール人・朝鮮人の先生も在籍している。
彼女たちも最近,私と共にウズベク語を勉強し始めた。
1から,つまりアルファベットから学ぶ彼女たちの真剣な目に,事の重大さが見て取れるようだった。




あるウズベク人は言った。「ここはウズベキスタンであって,ロシアじゃない。ウズベク人の国であるから,ウズベク語で話したほうがいい」

あるロシア人もこう言う。「昔に比べてロシア語を話しにくい社会になった。ウズベク語が出来ないと生活が難しい。でも私はロシア人だから,ウズベク語を話すことに少し抵抗がある」

一方,ある朝鮮人はこう言う。「ここはウズベキスタンだからウズベク語で話すのは当然だと思う。だが,たくさんの民族が暮らしているので,民族共通語としてのロシア語も必要だ」


状況は,複雑だ。


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2013年4月13日土曜日

1ヶ月で気が付いたこと: 友だちとの付き合い方

2013年3月12日,
あれから今日で1ヶ月が経つ。

タシケントに暮らし,今日でちょうど1ヶ月だ。
この1ヶ月,本当に1ヶ月だったのか疑いたくなるくらい短かった。
ただ,思い返すと毎日が充実していて,「思い出」の数は1ヶ月分以上かもしれない。



寮で仲良くなった友だちとは夜な夜なプロフ・パーティ


ウズベキスタンに来て,私の考え方や生き方は大きく変わった。
日本にいるときよりも大らかになり,心には常に余裕を持てるようになった。
人との付き合い方も変わった。常にフレンドリーに,親密に付き合いながらも常に敬意を持ってするようになった。


今思えば,日本では私は忙しいあまり,他のこと,他者に目をむける余裕がなかったのかもしれない。
心に余裕がなかったのかもしれない。



また,日本には「友だち」と呼ぶ人はたくさんいるが,多くは表面的にその人のことを知っているだけだ。
それが日本人の「友だち」との付き合い方とも思える。
公私を使い分け,他者のプライベートにはあまり踏み込まないようにする。あるいは,プライベートにはあまり踏み込まれないようにする。
それも一種の友だちとの付き合い方だ。だが,何だか寂しい気もする。



ウズベキスタンには,心から信頼し,尊敬し,公私関係なく仲良くしている友だちがいる。
ウズベキスタンでの「友だち」という言葉の捉え方は,もしかすると日本のそれとはまた異なるものかもしれない。
色々な問題が発生するこの国,「友だち」は常に支え合うものだ,と人々は考えているのかもしれない。
私が大学の学生寮という,いわゆる特殊な環境に暮らしているのもあるかもしれないが,常に友だちとは「助け・助けられ」という日々だ。


ただ単に私がどちらかと言えば深い人付き合いを日本でしてこなかったのもあるかもしれないが,ウズベキスタンで出会った友だちとの付き合いは新鮮である。
こっちでは人と仲良くなると,電話番号を交換して「何かあったらいつでも連絡して」と言う。
(ウズベキスタンは国民ほぼ全員が携帯電話を持っていて,みんな何かあるとすぐに電話する。日本人には想像できないほど電話をよくする。)



日本だとアドレスや番号を交換して「いつでも連絡してね」と言っても,それはあくまで言葉の上だけで,実際に「いつでも」連絡できるわけではない。
ただ,ウズベキスタンでは「いつでも」いうのは本当に「いつでも」なのだ。
困ったことがあるとき,何かニュースがあるとき,単に暇なとき,純粋にその人と何でもいいから話したいとき。
どんなときでも電話をし,話すなり,そのあと会う約束をするなりする。
ウズベキスタンでの「人と人との距離」は日本のそれよりも遙かに狭い。



私はそこに,むしろ心地よさを感じている。
今日もまた,誰かに電話をするか,あるいは誰かから電話が来るかで,これから勉強するなりご飯を食べたりするのだろう。



ともあれ,この地で私が一人ぼっちになることは,まず無いに等しい今日この頃である。



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2013年4月10日水曜日

サモサの話

最近行きつけのサモサ屋がある。

「サモサ屋」というと語弊があるかもしれない。
チーズバーガーやラバシュ(ケバブ)も売っていて,持ち帰りか店内での飲食かを選べる。
いわゆるファストフードのような感じだ。
ファストフードとはいえ,日本にあるような,マクドナルドやケンタッキーとは全く雰囲気は違う。
感じのいいご夫婦が個人で営まれている。


ここのお店のサモサが,それはまた美味しい。
そして驚くほどに安い。
お気に入りは羊肉のサモサ(パン生地)と鶏肉のサモサ(ゴマたくさん)。
それぞれ700スム(約30円)に1,000スム(約45円)…



これがその噂のサモサ


ちなみに学食や大衆食堂が一食で3,000~4,000スム(約130~180円)くらい。
もちろん日本円にすると安いのだが,サモサは更に破格のお値段だ。
また,学食や食堂だとついつい食べ過ぎてしまうので,手ごろなサイズのサモサは健康にもいいかもしれない。


私は2日に1度は必ず行くくらい,このお店が好きだ。
味や値段は然ることながら,このお店のご主人と,その奥さんの人柄のよさもあって行くのかもしれない。
私が店に行くたびに彼らは片言ながら

「コンニチハ!Yaxshimisan? (元気かい)」

と,ニッコリと気持ちのいい笑顔で声をかけてくれるのだ。
日本人が少ないこの地で日本語を聞くと,いつもドキリとする。しかも,ウズベク人の口から。
彼らはひとしきり私の調子を尋ねたあと(ウズベキスタンの習慣である),他愛のない話をする。

「今日はこんなことがあって…」
「明日の天気は…」
「そういえば新商品を作ってみたんだけど食べる?」
「さっき外交大学で日本語勉強してる学生が来たよ」
「○○は日本語で何て言うんだ?」


そして,会話と支払いを終えると

「マタネ!」
(前に私が教えた)

と,これまた屈託のない笑みで送り出してくれるのである。
その笑顔に出会うたび,私はこの街がもっともっと好きになる。



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2013年4月5日金曜日

ウズならでは? 大学での服装規定

私が留学している世界経済外交大学は外務省立の大学だ。
外務省立… 何だか聞き慣れない言葉だが,文字通り「外務省直轄」という意味である。



ウズベキスタンには日本のように,国立と私立の大学のほか,外務省立の大学が存在する。
しかし,世界的に見れば珍しいことではない。
隣国ロシアにも,外務省立の国際関係大学がある。


外交大学の学部は国際関係・国際経済・国際法の3つ。
この大学は,将来の外交官や法律家,経済の専門家を育成する専門機関である。
よって,非常に優秀な学生のみが集まっている。
ウズベキスタンで,日本でいうところの東大のポジションにあるが,実際のところは中央アジアで最も優秀な大学だ。


また,外務省直轄というのもあって,よく各国の在タシケント大使が講義をしたり,時おり一国の長がやってくることもある。
しかしそれは結構直前になって知らされることがほとんど。
つまり,学内のどこかで,突然大使や大統領(!)に会うかもしれない… それもあってか,学内での服装規定が結構厳しい。
もちろん理由はそれだけではないだろう。
大学は学問をする場であり,遊びの場ではない。
それを明確に意識するためにも,こうした服装規定は学生のモチベーションを保つのに一役買っているように思う。



大学の門をくぐるとまず目に入るのはこれ。


ウズベキスタン国内の他大学にも服装規定はあるが,外交大学ほどは厳しくないようだ。
大学の敷地内に入ると,まず目に入るのは大きな看板。
服装規定に関する規則を写真付きで解説した看板だ。

そして,学内では男性は先生も学生も必ずスーツを着用。
しかもみんなきれいにアイロンをかけ,ネクタイも曲がっていない。
そして何よりも,毎日着ているものだから,コーディネートのセンスがやたらといい。

女性はスーツの人もいれば,フォーマルなワンピースドレスの人など様々だ。
しかしみんなやはり小奇麗な恰好で,いつどこで誰かに会っても恥ずかしくない身なりだ。


また,当然服装規定があれば,学生の服装をチェックする先生も多い。
女子学生に対するチェックについては聞いたことがないが,男子学生に対してはそれなりに厳しい!
ネクタイをしていないと白い目で見られる,らしい。。


まさに所変われば。
でも,個人的には大学にも日本の中高と同じように服装規定があってもよいと思う。
私が通う筑波大学はとても自由な大学だが,時に自由すぎやしないか?と思うことも。


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