2013年8月31日土曜日

街で出会った、あるおじいさんの話

「お嬢さん、隣いいかな」


木陰のベンチで物思いに耽っていたら、70歳かそれ以上の年齢くらいのおじいさんが、確かな声でそう言った。
手には空のペットボトルを集めた麻袋。不自由そうな左目。
私は頷くでもなく、首を横に振るでもなく。
只々、おじいさんの身なりから、「物乞いかな……」と思い、面倒なことは避けたいなとうっすら思った。


おじいさんはゆっくりと、まるで地面を揺るがすような低い、威厳のある声で話す。
彼がフェルガナからやって来たこと、若い頃はアフガニスタンに兵士として駆り出されて左目を失ったこと、何年も前に故郷に家族を残してひとりタシケントに出稼ぎにきたこと、生活にとても困っていること……
ひとつひとつ、噛み締めるように彼は彼自身の人生を語る。


彼の現在の生活がどれほど苦しいか、と聞いて、思わずポケットにあったお金を手渡そうとした私。彼はそれを首を振りながら拒絶した。
「わしはただ、話を聞いてもらいたかったのじゃ、お金が欲しいだなんて思っとらんよ」


私はその言葉を聞いた瞬間に、自分自身をひたすら嫌悪した。
おじいさんを、見た目から勝手に物乞いと判断し、面倒なことなら避けたいと思ったことに対して、
そして只々同情するだけで、その先のことは何も考えずにお金を差し出したことに対して。


おじいさんは続けて言う。

「この苦しい状況もまた神の思し召し… たまに、お嬢さんのように、嫌な顔せずにわしの長話を聞いてくれる人がいると、今日も生きていこうと思えるのじゃよ」

「お嬢さんは心が綺麗なんじゃ。じゃが、簡単にお金を出してはならぬ。そこにつけこむ悪い輩もおるからのう…」


彼はカッカッカッと笑いながら、深い皺を更に深くさせる。浅黒い肌に走る皺は、彼の人生の深さを物語っているかのようだった。

「あなたと話せてよかった、神の思し召しあらばまたお会いしましょう」


―― 紳士然と、しっかりとした足取りで去るおじいさんの後ろ姿を見て、只々思う。彼に幸あらんことを。


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2013年8月21日水曜日

ただいま、タシケント

「おばさん(奥さま)、忘れ物ですよ」とスーパーマーケットで若い店員に声をかけられ、市営バスに乗れば若い衆に席を譲られる。
なぜかこの国でも、私は常に年上に見られることが多い。年長者を敬う文化が根強いこの国では、むしろ得かもしれないが (そう言い聞かせて早数年… "お嬢さん"って呼ばれたい)


そんなことはどうでもよいが(棒)、無事に大好きなタシケントに帰ってきた。
ただいま、タシケント。

ウズベキスタンのサムサが恋しくなった


7月末から8月20日まで、日本に私用で一時帰国をしてきた。
久々の日本は懐かしくも、何故だか緊張した。

そして、一番腑に落ちなかったのは、
日本に帰れば
「何でこんな一番暑い時期に帰ってきたの。ばかだね」
と言われ、
タシケントに残れば
「何でこんな一番暑い時期にウズにいるんだ。ばかだね」
と言われたことだった。


当然お土産は「日本の味」
異国にいると日本食ではなく、日本の味に飢えるのである


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2013年8月20日火曜日

インタビューを受けました

先日、自由欧州放送タタール語版(Azatlik Radiosi)に本格的な取材を受け、本当に本格的な記事が掲載されてしまった。
しかも本人写真付き! (しかも痩せる前でちょっと肥えている...)
記事はこちらから。

語り手本人ながら、中々面白い記事になっていたので驚きである。
内容はすべてタタール語だが、大まかには

(1) 日本にやってきたタタール人について
(2) タシケントのタタールについて (自分の研究について)
(3) タタール音楽が演歌っぽい話 (なぜこの発言が採用されたのか謎)


多民族国家であるウズベキスタンには、基幹民族であるウズベク人のみならず、ロシア人や朝鮮人、ドイツ人など、非常に様々な民族が混在している。
私はそのうちの「タタール人」という民族を研究対象としていて、現在はウズベキスタンのタタール人の言語状況についての研究を進めている。 (近々研究に関しても記事を書きたいところ)

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