2013年9月25日水曜日

蒼の都サマルカンドに行ってきた


「観光もしないで,一体何しにウズベキスタンに来たの?」

旅に出る理由は,周囲から言われたこの一言だけで充分だった。
タシケントに来てから半年,思えば観光という観光をせず...
―― 私は辞書の代わりに,地球の歩き方を片手に旅に出ることにした。


「ウズベキスタン」という地名を知らなくとも,「ヒヴァ・ブハラ・サマルカンド」は学校で習う。
そんな私も若い頃はサマルカンドは知っていたが、ウズベキスタンは知らなかった。

多くの魅力的な観光名所を抱えるウズベキスタンには,夏から秋にかけて観光客が世界中から絶えない。


そこで今回は,週末を利用してサマルカンドを1日で弾丸旅行することにした。
旅の主なプランは以下の通り。



0831 ()
- 08:00
タシケント発サマルカンド行き Afrosiyob (10:10 サマルカンド着)
- 10:30
サマルカンド市内観光 (以下1~10参照)
- 21:00
ガイドに別れを告げ,サマルカンド空港へ

09
01 ()
- 01:10
サマルカンド発タシケント行き HY1320便 (02:00 タシケント着)

すごいでしょ,この弾丸具合 ((。-∀-)ニヤリ


車両はスペイン・タルゴ社製

現在,タシケント・サマルカンド間では「アフロシヨブ」という高速鉄道が運行されている。
タシケントから,たった2時間10分でサマルカンドに行けてしまう。
アフロシヨブの座席には3つの等級があるが,今回は短い道のりなので一番下のエコノミーで行くことに。
切符の価格は片道あたり5万スム。日本円で2000円弱。


サマルカンド駅を出ると,タクシー兼ガイドの客引きが。
多くの運転手(ガイド)は,ウズベク語・タジク語・ロシア語のみを話すので,英語や日本語でのガイドが必要な場合は事前に予約しておいたほうがよい。

今回は韓国で働いていたことがあるというタクシー兼ガイドを,現地で雇うことに。
自称ソウル五輪レスリング・メダリストのゾキル、という気のいいおじさんだった。(後にネットで調べたら彼の名はなかった。笑)

タクシー兼ガイド(ロシア語orウズベク語)の相場は,1日あたり50-60ドル程度。
(注: 英語や日本語のガイドはタシケントの旅行会社を通して手配することになるので,1日100ドル以上が相場と思われる。)


以下,観光した順に写真付きで簡単に且つ真面目に解説。
弾丸旅行する際のモデル・ルートにもなるかも...?


(1) アミール・ティムール (グリ・アミール)廟 / Amir Temur (Guri Amir) Maqbarasi
ティムールとその息子たちが眠る霊廟。
蒼の都サマルカンドでも,とりわけ青さが際立つ壮大な霊廟である。



(2) ルハバッド廟 / Ruxobod Maqbarasi
グリ・アミールの目の前にある霊廟。神秘主義者シェイヒ・ブルハヌッディン・サガルジ(14C)を祀ったもの。レンガがむき出しの簡素な建物で,サマルカンドの霊廟独特の青さはないが,故に青空との対比が映える。
伝統工芸の工房と土産物屋が多い。



(3) レギスタン広場 / Registon Maydoni
サマルカンドでも最も人気がある場所の一つ。
左からウルグベク・メドレセ,ティラカリ・メドレセ,シェルドル・メドレセ。
チンギス・ハン来襲以降,サマルカンドの商業の中心地となった。
2年に1度,8月下旬にレギスタン広場でSharq Taronalari(東洋の音楽)という音楽祭が開催される。
前日まで音楽祭が行われていたため,広場にはステージがそのままになっていた。

この荘厳な入場アーチは35mもある。 (シェルドル・メドレセ)



(4) 昼食 / Tushlik (レギスタン広場近く)
昼食はレギスタン広場近くの,運転手オススメのチャイハナ(茶屋)にて。
タバカはフライドチキンの中央アジア版のようなもの。サマルカンドの堅いノン(パン)によく合う。



(5) ハズラティ・ヒズル・モスク / Xazrati Hizr Masjidi
美しく彩色された,木造のテラスが印象的。
バザールとサマルカンドの街を一望できる場所にあり,お金を払えばミナレットにも登ることができる。


(6) 絨毯工場 / Samarkand-Bukhara Silk Carpets
中央アジア随一の大規模な手織り絨毯工場。
ひょんなことから,他の観光グループと共に絨毯作りの工程を見学することに。
工場長のアブドゥッラ氏が直々に,非常に堪能且つウィットの富んだ英語で解説をしてくれる。



(7) ダニエル廟 / Doniyor Pailambar Maqbarasi
イスラーム教・キリスト教・ユダヤ教共通の聖地。
紀元前4-3Cの聖人ダニエルを祀っている。
墓は18mもあるが,伝説ではダニエルの骨が100年ごとに成長するためだという。
墓の周りを願い事を唱えながら3周すると願いごとが叶う,らしい。(この日は閉まっていた)
霊廟のそばには聖水が湧いていて,常に人でいっぱいだ。



(8) ウルグベク天文台跡 / Ulug'bek Rasadxonasi
サマルカンドが生み出した天才,ミルゾ・ウルグベク(1394-1449)の天文台跡地。
現在は天文台の基礎と六分儀の地下部分の一部が残るのみ。
ここでの観測をもとに,ウルグベクは1年間を365日6時間9分9.6秒と推測した。



(9) シャーヒズィンダ廟群 / Shoxijinda Ansambli
ティムールゆかりの人々の霊廟がほぼ一直線に立ち並び,常に巡礼に訪れる人々が絶えない。
入口の門をくぐると,すぐ先に階段がある。
この階段を数えながら昇り,その数が行きも帰りも同じだと天国に行けるという。



(10) サマルカンド空港 / Samarqand Aeroporti
帰りは飛行機で。鉄道で2時間かかった道のりは,飛行機だとたったの40分程度。
料金は50ドル程度。ウズベキスタン航空オフィスまで買いに行くより,インターネットの格安航空券サイトを通して買ったほうが簡単で時間がかからない。



サマルカンドの主な観光地では,旅行者料金・現地人料金(学生含む)が存在する。
旅行者は前者に従うべきだが,ウズベキスタンに留学中の学生は交渉次第で現地人料金になる。
もし身分証などを忘れた場合は,レギストラーツィアを見せながら,ウズベク語を使って身分の説明をするとすんなりといく。ちなみにウズベキスタン駐在の外交官とガイドも料金が安くなる。


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【旧版】ウズベキスタン税関申告書の記入例

【注意】税関申告書は2014年9月より、形式が変わった。新しい形式の税関申告書の記入例はこちらから


ウズベキスタンに入国する前に,まず書かなくてはならないのは「税関申告書」

ロシア語でТаможенная декларация (tamozhennaya deklaratsiya)
ウズベク語でБожхона декларацияси (bozhhona deklaratsiyasi)
英語でCustom Declarationという。


大体は飛行機の中で配布される。
韓国系航空会社の場合は英語・ロシア語・ウズベク語を取り揃えていることがほとんど。
だが,航空会社によっては「ロシア語・ウズベク語のみ」しか取扱いがないこともある。
とりわけ,ロシア経由で入国する場合は英語版はないだろう。
その場合は諦めてロシア語の税関申告書を記入するか,空港備え付けの英語版申告書で記入するかの二択となる。


但し,タシケント空港に着くと,とにかく行列 (というより群れ)がひどい
落ち着いて書く暇などないので,ロシア語であっても勇気を振り絞って機内で書いておきたい。
ロシア語なんて,文字からしてアレルギーが出そう… という方向けに,以下内容解説。
印刷してご利用くださいませ。


なお,申告額は「正直に」書きましょう。
とくに個人旅行者の場合は出国時に厳しく調べられることがあるため,正直に申告するのが無難。
また,出国時に入国時よりも申告額が増えているのも大問題になるので要注意。
そもそもウズ国内でキャッシングを利用するのはリスキーなので,現金持ち込みが一番だろう。


<オモテ面>


<ウラ面>

以上、2014年8月までの税関申告書。

税関申告書は2014年9月より、形式が変わった。新しい形式の税関申告書の記入例はこちらを参照いただきたい。


なお、ウズベキスタンの空港では荷物を飛行機からおろす際に丁寧に扱っていないのか、結構中に入れていたものが壊れてしまった... という話を聞くことも多い。
慣れない環境・食に体を壊す人も少なくない。
海外旅行保険には必ず入っておこう。

海外旅行保険のAIU



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2013年9月16日月曜日

ウズベキスタンに来て半年

ウズベキスタンの地を踏んで半年。
2013年3月12日に、土砂降りの雨という、手荒い歓迎を受けたのが昨日のことのようだ。


もう半年も経ってしまったのか、という思いが強い。

ここにやって来て3ヶ月目までは、研究に語学に課外活動に、本当にたくさんのことに取り組んでいた。そして、実を言えば、何もかも完璧を目指して本気で頑張る(頑張りすぎる)自分が好きで、酔っている節があった。
だが、同じ頃に体を壊したのがターニング・ポイントだったように思う。
体調を崩す中、ふと周りを見回して、私はやっと自分が生き急いでいたことに気がついたのだ。
もっとゆっくりでもいい。ちょっと余力を残すくらいの頑張りでいい。"一日に一つしか物事が進まない国"で、やっと気が付いた。


ある意味では、そう気が付くまでは毎日が苦行のようにも思えた。日々一定のノルマと闘い、達成できなければ自分を責め。気が付けば外の空気を吸うこともなく、授業が終わればカビ臭い図書館に引きこもる。


強いられたわけでもないのに、日々のルーチンの中でしか生きていなかった。
 病み上がりに、燦々と降り注ぐウズベキスタンの強い日差しを前進に浴びて、「一体何のためにウズベキスタンに来たのか」と、ふとこれまでを振り返って自分に問い詰めた。


もちろん、研究や語学のため"だけ"ではない。
この国で経験した、そしてこれから経験する全てのことのために私はここに来たのだ――。


もっともっと荒削りでいい。帰ってから磨いたっていいじゃないか。
――ちょっとくらい遅くなっても、誰も怒りはしないんだから。


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