2013年10月18日金曜日

タシケントでインフルエンザ・ワクチンを接種してみた

本日タシケントは晴天なり。
本日タシケントはワクチン接種日和なり。


最近街中の広告に、「простуда(風邪)」だの「грипп(インフル)」という単語が目につくようになった。
確かに最近急に寒くなり、自分の回りでも咳き込む人が増えている。
とっても乾燥するウズベキスタン、風邪やインフルエンザには用心しなくては。


...と思っていたら、大使館からもインフルエンザ・ワクチン接種の案内を受けた。
思い立ったが吉日。
さっそく次の日に案内通りにワクチンを接種しに行くことに。


今回ワクチンを接種しに行くのは、「Tashkent International Medical Clinic」という私立病院。
タシケント在住の外国人向けの病院で、先生もスタッフも全員英語を話す。
そして、多くは腕のいい外国人医師。 (今日はインド人、韓国人、ドイツ人の医師がいた)
JICA駐在員をはじめ、在留邦人の多くもここにお世話になっているようである。

お世辞にも医療が進んでいるとは言えないウズベキスタンで、注射をするのは抵抗がある。
でも、このInternational Clinicなら安心できそうだ。


案内を受けた翌日、金曜朝10時。
病院に電話をしてみることに。時間や予約の有無を確かめねば。
相変わらず電話での会話にテンパる私だが、今日は久々の英語での電話とだけあって、更に緊張。病院の電話番号を押している間は、口から心臓が出るかと思った。

 ――"Hello, this is the Tashkent International Medical Clinic."

おお! 英語だ!!
流暢な英語で応答してくれた。タシケントなのに!

聞いたところによれば、
・時間は8時~17時まで
・受付は必要なし (飛び入りでOK)
・ドル払い・スム払い・VISA払いのいずれも可
とのことである。

では、早速行ってみよう。
ちなみにこのInternational Clinic、タシケント駅の裏側から更に2-3kmほど行ったところにある。
かなりわかりにくい場所で、タクシー運転手も人によっては知らない。
一番確実に行く方法は、バスである。


 東洋学大学前、シャフリサーブス通りのバス停。55番。

International Clinicのある通りを通るバスは、55番と106番だけ。
今回は、東洋学大学の前のバス停から55番に乗ることに。


タシケント駅を通り越え、駅の裏側へと続く細い通りを行くバス。
降りる場所は、地図を見る限りここのはずだ。

....ここでいいんだよね.....?! (募る不安)

International Clinicというから、かなり大きくて目立つ建物を想像したのだが...
何の変哲もない通りだ。そして目当てのものがない。
でも、地図を見る限りここであっているハズ。

結論を言えば、上の写真の右側の塀の向こう側がInternational Clinicだった。


International Clinicの正門

そう、この病院に目印はない。
強いて言えば、塀に大きく黄色い文字で「38」と書いてあることくらい。
それ以外は、何の変哲もない門と塀があるだけ。

恐れてはいけない。
これがInternational Clinicの入口なのである....。

最初からこんな感じだったので、本当に大丈夫か?! 実はInternational Clinicと言っておきながら、本当はウズベクの一般病院と変わりないんじゃないか?! と不安がよぎり始める。


門のにあるインターフォンを押すと、扉が開く

門は中々頑丈な感じだが、インターフォンを押すと暇そうな門番が開けてくれた。
そして、現れる小奇麗な建物。
そこには、上の写真のように「Welcome to the Tashkent International Medical Clinic」と看板が掲げられていたのである。

安心した...!
病院内に入ると、あちこちから聞こえてくるのは英語だけ。
患者も多くは外国人で、受付はとっても親切に英語で応対してくれる。

受付では、「インフルエンザのワクチンを接種したい」との旨を伝えるだけでよい。
あとは、姓と名を書くだけである。(領収書用)
生年月日や住所といった基本情報なども必要ない。本当に簡単だ。


ワクチン接種自体は、ものの3秒で終わる。
待ち時間を含めても、15-30分程度と考えてよい。 (往復する時間の方が長い...)


支払いはUSドル、スム、VISAカードのいずれでも可能である。
私はドルで支払ったが、きっかり30ドルであった。
日本でワクチンを接種するのとほとんど変わりない。

但し、ウズベキスタンに輸入されるワクチンの数には限りがあるようなので、病院に接種しに行く前には必ず電話で確認してから行くと、確実である。


ちなみに、市内薬局でもワクチンを購入・接種することができる。
価格は24,500スム、8ドル程度と格安である。
但し、薬局購入の場合は自分で接種(!)しなくてはならない。度胸のある方向け。
(薬剤師がいる大きな薬局であれば、その場で薬剤師に頼むこともできるという)


これからタシケントは更に乾燥し、インフルエンザも流行期に入る。
ワクチンの接種が最も確実な予防法なので、みなさんも是非受けましょう。


TASHKENT INTERNATIONAL MEDICAL CLINIC
TEL: +998(71)291-01-42
Add: 38, Sariko'l ko'chasi, Toshkent
HP: tashclinic.org/ (2013年10月18日現在閲覧不可)


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2013年10月16日水曜日

タシケントのクルバン・ハイート(犠牲祭)

昨日10月15日は「クルバン・ハイート」で、ウズベキスタンでは国民の祝日だった。
この祝日は日本では「犠牲祭」と訳されることが多いが、このように呼ばれるのにはこんな所以があるのだという。

預言者アブラハムがアッラーに「私を愛している証拠にそなたの息子を殺して私に捧げなさい」と言った。アッラーは本当に息子を殺そうとしたが、結局アブラハムはそれを止め、「お前の気持ちは分かった、息子の代わりに羊を屠って捧げなさい」と告げたという。
それ以降、ムスリムの間ではこの日が羊を犠牲として捧げる祭日となったとか。



早朝7時、多くの男性がモスクに吸い寄せられるように祈りに訪れる。


(一応)ムスリムが国民の80%以上を占めるウズベキスタン。
普段は割と閑散としているタシケントのモスクも、今日は警官がたくさん警備に当たるほど厳戒態勢。多くの男性たちが、早朝から祈りに訪れていた。
なんちゃってムスリムが多いウズベキスタンでは、1日5回お祈りをする人は多くない。この犠牲祭でのモスク参拝も、もしかすると日本の初詣のような感覚なのかもしれない。


1日5回のお祈りの時間。
きちんとお祈りをしている人は見たことがないが...


他のイスラーム諸国では早朝の祈りの後、モスクで羊が屠られるのが常だが...
タシケントでは祈りが終わると同時に、人々は家へと散っていった。
どうやらそれぞれの家庭にイマームが訪ね、自分たちで羊を絞めるようだ。
屠った羊は間も無くプロフ(中央アジアの焼き飯)などの料理に変身。女性たちは朝からご馳走をこしらえ、男性親族や友人をお互いに呼び合ってお祝いするのだとか。


午後になると、街中には解体された後の羊の毛皮などで溢れているらしい。
一頭あたりの毛皮は15000スム(500円程度)だとか。。


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2013年10月2日水曜日

聖なる古都ブハラに行ってきた

先日の「サマルカンド弾丸旅行」に引き続き、今回はブハラへ旅することにした。
例によって、愚問ながら、今回も当然弾丸旅行である。

もう部屋に引きこもってばかりの生活には引き返せない。
よって、「何のためにウズに来たの?」とは二度と言わせないとも。
それにしても、最近余ってしょうがない時間と財力に物を言わせて旅行ばかりしている...

ちなみにブハラは、一日で散歩できるほどコンパクトな街である。
一つ一つの遺跡やメドレセが近く、街中が中世イスラームの世界。まるでブハラの街全体が博物館のようだった。

そのほか、ブハラは科学者イブン・スィーナなど,イスラーム史に残る多くの知識人を輩出している。
シルクロード交易の十字路として栄えたこの街には,16世紀には宗教的充実に多くの富が注がれ,現在までほとんど変化していないのだとか...


今回の旅のプランは凄まじい。前回に増して凄まじい。



928 ()
- 20:55 タシケント発ブハラ行き夜行寝台 (06:30 ブハラ着)

929 ()
- 07:00 ブハラ市内観光

順路 (散歩):

01. リャビハウズ 02. モダリ・ハン・メドレセ 03. アブドゥーラ・ハン・メドレセ04. イスチロハット公園05. イスマイール・サーマーニ廟06. チャシュマ・アイユブ 07. バラハウズ・モスク08. デフコン・バザール09. アルク城10. カラーン・モスク & カラーン・ミナレット11. ミル・アラブ・メドレセ12. アブドゥールアジス・ハン・メドレセ13. タキ・ザルガロン14. タキ・テルパクルルシャン15. タキ・サラフォン16. ホッジャ・カズィヤン・メドレセ17. カウクシャン・メドレセ
- 17:00 ブハラ・スタジアム (ブハラFK ブニョドコール戦)
- 21:00 ブハラ空港へ
- 22:40 ブハラ発タシケント行き HY1058便 (23:40 タシケント着)

すごいでしょ,この弾丸具合 ((。-∀-)ニヤリ
でも、いくらブハラがコンパクトとはいえ、これはちょっと飛ばしすぎたかな... (反省)



それでは、早速ブハラ・バーチャル・ツアーに行ってみましょう。
前回のサマルカンドに続き、今回もちょっと真面目に解説します(^-^)/


タシケント・ブハラ間の夜行寝台列車
タシケント・ブハラ間には高速鉄道は通っていないが、夜行列車と普通列車が毎日運行している。
今回は奮発して,一等寝台車(リュクス)に席を取った。一等寝台車には簡素なベッドが二つあり,他の等級と比べるとやはり広々としている。
価格は時期によって変わるが,ドルに換算すると50ドルほど
タシケントを夜21時に出発し,ブハラには翌日の朝6時頃に到着する。



ブハラ駅に到着。朝6時半。
多くの人が乗っていたようだが,夜行列車に乗ってきた観光客はあまりいなかった。多くの乗客は,ブハラへ帰ってきた人たちという印象を受けた。
それにしてもブハラは寒い!!!!!! ((((;゚Д゚))))   タシケントに比べて確実に寒く、一部路面凍結していた。



リャビハウズ
観光は,旧市街のほぼ中心にあるリャビハウズから始めることにした。広さ46m x 36mの大きな池である。
リャビハウズに到着したのは朝7時頃。道路が一部凍結しているほど寒く,人影もほとんどない中,日本人の団体観光客に遭遇。彼らは私がタシケントで留学していると話すと,とても驚いた様子だった。
朝は人もまばらなリャビハウズだが,日中には溢れんばかりの観光客が世界中からやってくる。



リャビハウズ脇のフッジャ・ナスレッディン像
有名なイスラーム神学者であり,今もブハラの人気者。かつてはユーモアに富んだ授業をし,学生に好かれたのだという。今も昔も,ユーモアセンスのある先生が好かれるのは変わらないようだ。
一緒に写真を撮ると、雄弁になれるとか、なれないとか...



気を取り直して,旧市街北西部のイスマイール・サーマーニ廟を目指して歩くことに。
ブハラの街は清潔で,足元もタシケントとは違ってガタガタする場所は少なかった。更に,人々はとても親切で気さく。車も少ないので空気も綺麗で空の青さが信じられないほど目に染みた。
ブハラにて,タシケントへの不満が一瞬本当に爆発しそうになったのであった。
アブドゥーラ・ハン・メドレセ
見よ,この空の青さを!
イスマイール・サーマーニ廟

中央アジアに現存する最古のイスラーム建築。世界中の考古学者や建築家に注目されているのだという。
当初はほとんどが土の中に埋もれていて,1925年に発掘されるまで気づかれなかったという。

バラハウズ・モスク

アルク城の近くにある,独特のモスク。前面には綺麗な彫刻と彩色が為されたクルミの柱が並ぶ。ブハラでこうしたアイヴァンと呼ばれる建築形式が見られるのは,このバラハウズ・モスクだけである。
(上) 外側から見た全景 (下) 内側から見た柱群


アルク城

古代ブハラ発祥の地であり,中心地。7世紀から,1920年にソ連軍に攻略されるまでは,歴代のブハラ・ハーンの居城であったという。
それにしても,この空の青さに映える門の装飾!!
アルク城で撮った写真は加工したように青いが,写真は一切の加工をしていない。
カラーン・モスク & カラーン・ミナレット

ブハラのシンボルであるカラーン・ミナレットは,高さ46mもある。
このミナレットには,たくさんの伝説があるが,中でもチンギス・ハーンがその高さに思わず塔を見上げ,帽子を落としてしまったのは有名な話である。チンギスは身を屈めて帽子を拾うと,「この塔は私に頭を下げさせた立派なものなので,壊してはいけない」と言ったのだという。
カラーン・モスクは非常に大きなモスクで,約1万人の信者が礼拝を出来る広さを誇る。(約1ヘクタールほど)
現在のモスクは1514年,シャイバニ朝時代に建造されたもの。
ミル・アラブ・メドレセ

ソ連時代に中央アジアで開校を認められていた,数少ないメドレセの一つ。現在も活動中である。1階には講義室や食堂,図書館などがあり,2階は寄宿舎になっている。教育年限は7年で,学生はアラビア語やコーラン,イスラーム法などを住み込みで学ぶ。
ナディール・ディバンベギ・メドレセ

1622年に建てられたメドレセ。サマルカンドの虎が描かれたシェルドル・メドレセ同様,鳳凰のモチーフがはっきりと描かれている。偶像崇拝を否定するイスラームの教義に反する,珍しいデザインであり,思わず目を奪われる。
タキ

バザールには,タキと呼ばれる交差点バザールが多数存在する。外側は丸屋根の変わったデザインで,中はたくさんの専門店が密集する。現在は土産物を売る店がほとんどだが,職人が専門的な店を開いているタキもあるという。

土産物屋が立ち並ぶタキでの出来事。
まだ10代くらいの女の子に流暢な日本語で話しかけられたので,惹かれて思わず店に入った。
彼女はまだ14歳。人懐っこく,たくさんの外国語を話したので驚きだった。将来は外交官になりたいという。
そんな彼女たちになぜか気に入られ,髪の毛をウズベク風に結ってもらうことに...

遂にブハラの街で見つけた,ソヴィエト時代の水自動販売機!!! (°д°)
ソ連映画でおなじみの販売機であるが,現在は現役で動いているものは数少ないと思われる。そのうちの一つがブハラにあった。...それにしても、硬貨があまり流通していないウズベキスタンで,一体どうやって水を買うのだろう?


ブハラ・スタジアム
夕方はブハラ・スタジアムにて,ウズベキスタン国内リーグのブハラFK対ブニョドコール戦の観戦へ。
ブハラFKでは、唯一の日本人である柴村直弥選手が活躍しており,サポーターからも大変な人気である。
今回はホーム戦なので、地元の人たちがこぞって応援にやって来ていた。試合はブハラFKが激しい攻めを見せ,多くのチャンスを作ったものの,0-0と引き分け。
ブハラFKの中で最も人気のある選手の一人が柴村選手であり,彼にボールが渡るたびにサポーターからは「シバコール」が湧き上がった。
入場料は一律3000スム,日本円にすると100円ほど(!)


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