2015年2月21日土曜日

タシケントのロシア語話者に救いはあるか

「ロシア語で書かれた良いウズベク語の教科書を知りませんか——」


ある日、私のもとにそんなメールが届いた。
メールの送り主は私がウズベキスタンに留学していた時にお世話になった先生。民族的にはウズベクだがロシア語母語話者だ。彼女はとある大学でも講座長を務めるなど、大変有能な人だ。

以前「ウズベク語のいま」(2013年4月19日)でも書いた通りであるが、どうにもここ数年はタシケントでもロシア語とウズベク語の優位性が逆転し始めて久しい。つまり、これまでロシア語さえ知っていれば仕事するにも困らなかった場で、ウズベク語が急速に求められるようになってきたらしい。

冒頭の彼女の場合は、更に出世するためにはウズベク語を知らないと—— と暗にウズベク語を知らないのであれば出世は約束できませんよ、と上層部から言われたそうだ。そして、彼女はウズベク語を学ぶ決心をするに至ったわけである。


バザールは最もウズベク語がよく聞こえてくる場所だ。(もちろんロシア語を話しても通じるが、外国人がロシア語を話すと結構高い値をふっかけられることも)


—— 思いのほかロシア語が聞こえてこないじゃないか。

筆者が2013年3月からタシケントで暮らし始めた頃、漠然と思ったことだ。
前情報では、ウズベキスタン全体では年々ロシア語が聞こえなくなってはきているが、タシケントでは未だロシア語が広く話されていると聞いていた。
実際に行ってみると想像以上にロシア語は聞こえてこない。住民の多くはロシア語で意思疎通はできるのかもしれないが、少なくとも日常生活は完全にウズベク語で送っている人が多いのだろう、というのが第一印象だった。


私自身はロシア語を専攻していて、テュルク系の言語であるタタール語は分かるものの、ウズベク語はAssalomu alaykum, yaxshimisiz? (こんにちは、お元気ですか)という、まさに教科書の1ページ目に載っているような挨拶しか分からないレベルでの渡航であった。

タシケントに暮らし始めてから、ロシア語だけで生活するのも時々不便に思うことが多く、もどかしく思いながらもタタール語で意思疎通をはかったほうが何かと便利なことに気が付いた。(通じないこともあったが、それでもロシア語で話すよりも警戒はされず、バザールでは現地人料金で買えることが圧倒的に多かった)

なので、渡航後3ヶ月は死に物狂いでウズベク語を学ぶに至った。(そして最終的には専門であるロシア語よりも得意になってしまったのは別の機会にお話するとして)

これは少々誇張ではあるが、ウズベク語とロシア語をごちゃまぜにした広告だってある。実際、タシケントの人々はウズベク語とロシア語を混ぜて話す人が少なくない。


ご存知のとおり、ウズベキスタンは「旧ソ連」と呼ばれる地域の国である。
旧ソ連を構成する国の一つだったウズベキスタンでは、ソ連時代は盛んにロシア語教育が行われ、その地位も大変高いものであった。
そのため、現在でもソ連時代・ソ連崩壊直後に生まれた人の多くはロシア語を得意とし、ウズベク民族以外の人の多くもロシア語を母語としている。


ソ連の崩壊に伴い、独立国家の地位を手にしたウズベキスタン。
長らくその地位にあるカリモフ大統領は独立以降、ロシアからの影響を受けまいとあらゆる政策を打ち出してきた。それは言語にも及び、それまで"支配的"だったとさえ言えるロシア語の地位はソ連崩壊以降、徐々に揺らぎ始めることとなる。
また、ウズベキスタンは自国の憲法にロシア語に関する条項を組み込まなかった中央アジア唯一の国である。[1]


そして、1995年に他の中央アジア諸国とは一線を画すような法律が制定される。
隣国のカザフスタンやクルグズとは異なり、ロシア語は「国内マイノリティ言語」のひとつに組み込まれたのである。また、これまでキリル文字で書かれていたウズベク語のラテン文字への移行も速やかに行われた。(実際街中では今もキリル文字で書かれたウズベク語を見る機会も多いが)
また、通りの名前や地名もこれまでのロシア語風のものからウズベク語に切り替えられた。ロシア語で書かれた本の焼却も、1990年代後半から2000年代初頭にかけて頻発したと聞く。[2]

その後、2005年のアンディジャン事件をきっかけにロシアとの関係が改善したことでロシア語への"向かい風"は弱まったのだが、ここ数年は"ウズベク民族主義的"ともいえるナショナリズムの高まりと共に、ウズベク語への回帰が見られる。

街中の本バザールもこの通り、ウズベク語の本だらけ!
(なお、ソ連時代に出版されたような古本を専門に扱う店も多く、そういった店にはロシア語の本が多い)

例えば、筆者が留学中に取材していたタシケントのタタール・コミュニティでは、タタール語の本を出版しようとする動きがあったが、これは当局によって事前に取り潰しに遭った。
とある出版社に携わっていた知人はこう言う。「この数年はロシア語を含めて、ウズベク語以外で新たに出版するのは難しくなってきている」


また、非ウズベク民族(非基幹民族とも)だから、ウズベク語が話せないから、という理由で事前通告なしに解雇されたウクライナ系の友人もひとり知っている。(彼女はその後、親戚を頼ってカザフスタンへと渡った。)
これに似た話については、ロシアメディアСвободная Прессаが2013年4月3日に掲載した「誰がウズベキスタンのロシア人を救うのか?(Кто спасет узбекских русских?)」という記事がより詳しい。



このように、ウズベキスタンではロシア語話者、ないし非ウズベク民族を取り巻く環境は年々厳しさを増している。
冒頭に紹介した先生は民族的にはウズベクであるが、ロシア語を母語とし、ウズベク語は聞いても簡単な会話が分かる程度。そんな先生に「(解雇はしないけれど)ウズベク語ができないなら出世は諦めてください」という話がいく、という状況である。

もちろん彼女がすべてではないが、例えば私が留学していた大学の非ウズベク語母語話者の先生方もウズベク語を必死に勉強し始めていたことを考えると、やはりロシア語話者(つまり非ウズベク語話者)を取り巻く環境は難しいものとなりつつあるように思わざるを得ない。



実際のところ、この状況に対してウズベクの学生たちはどう思っているのだろう?と思い、それとなく数名の友だちに尋ねてみた。「そういえば最近ロシア語をあまり話さないようだけど、どう思う?」と。

「ウズベクならウズベク語を話すのが自然だとは思うけれど、それとロシア語の学習をやめるのはまた別の話でしょう。ウズベク語と比べると、やはりロシア語の世界は豊かで、情報量だって多い。もしウズベク語だけしか知らなければ、触れられる情報量は明らかに少なくなる」(ウズベク、大学生)  

「わたしはウズベクなのでウズベク語が母語だけれど、ロシア語は知っているべきだと思う。高等教育の多くは今でもロシア語が必要不可欠だし、ロシア語ができたほうが知識も機会も広がる。ロシア語を話す人や国はたくさんあるけれど、ウズベク語だけで生活できるのはウズベキスタンだけでしょう?」(ウズベク、大学院生、日本留学中) 

「ウズベキスタンに暮らしている以上、ウズベク語は最低限知っているべきだと思うけれど、民族的にウズベクではなく、ロシア語を母語とする身としては、今の状況ではいい仕事が見つけることができなさそうで心配だ。私たちのような"マイノリティ"への配慮も望む。このままでは国外で就職せざるを得ない」(タタール、大学生) 

「今までのように社会的にウズベク語とロシア語を併用するのが、ウズベキスタンという多民族が暮らす国ではちょうどいいのだと思う。だが、最近ウズベク語を知らないのを理由に肩身の狭い思いをすることが多く、将来がとても心配だ」(コリョサラム(朝鮮人)、大学生)

このように、必ずしも万人がロシア語に否定的な感情を抱いているわけではないが、ウズベク語への愛着はそれなりに強く、民族的にウズベクなのであればウズベク語は知っているのが当然でしょう、という強い意見も聞かれた。また、今の状況に戸惑う非ウズベク民族の声も聞こえてきた。

もちろんウズベキスタンはその名の通り「ウズベク人の国」であり、国家語もウズベク語なので、ウズベク語が広く話されるのはごく自然なことと言える。
ただ、だからといってロシア語が完全に使われなくなるまでにはまだまだ長い時間がかかるだろうし、もしかするとそんな日は来ないかもしれない。あるいは、もしかすると触れられる情報量の多さという側面でもロシア語がまた見直されることだってあるかもしれない。
ただ、2015年現在はロシア語は通じるものの、街中では広くウズベク語が話されている。


ちなみに冒頭の先生にはソ連時代に出版されたウズベク語の本を含め、何冊かの本を紹介したのだが、インターネット上で閲覧できる優れた教材として以下のものが挙げられる。
モスクワ国立言語大学が無料で公開している教科書は分かりやすくてよい。
"Ресурсное обеспечение обучения языкам стран СНГ"
(リンク先の Узбекский язык для стран СНГ часть1, часть2 がウズベク語の教科書)

また、ソ連時代末期に出版されたものだが、
Х.Исматуллаев (1991) "Самоучитель узбекского языка", Укитувчи
これもロシア語話者にとっては、大変優れたウズベク語の独学用の教科書である。

なお、そのほかの教科書に関しては「ウズベク語学習への誘い」(2014年1月22日)を参照されたい。


【参考文献】
[1] K. AMINOV, V. JENSEN, S. JURAEV, I. OVERLAND, D. TYAN, & Y. UULU (2010) "Language Use and Language Policy in Central Asia", Central Asia Regional Data Review , 2(1), p.p.1-29
[2] Eurasianet.org "Uzbekistans Russian-Language Conundrum" (2006年9月18日) が詳しい。


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