2015年5月11日月曜日

【番外編】ドゥシャンベの中心で、愛を叫ぶ?

「ドゥシャンベで国際会議をやるのだけど行かないか——」


指導教員からそんな打診を受けたのは3月に入って少し経った頃だった。
電話口で一言「喜んで」と答えてしまったのはいいものの、電話が切れてから渡航まで2週間もないことに気が付いたのは後の祭り。


タジキスタンはウズベキスタンの東南に位置する世界有数の山岳国家。
国土の93%が山で、「世界の屋根」とも呼ばれるパミール山脈を国の東側に抱える。
最高峰は7,724mの高さを誇るイスマイル・ソモニ峰。

パミール山脈の最高峰、イスマイル・ソモニ峰
ソ連時代はスターリンにちなんでスターリン峰と名付けられたり、
コミュニズム峰と名付けられたことも。


ウズベキスタン同様に多種多様な民族が住まうこの国だが、とりわけパミールのユニークな民族形成が有名だ。東にインド・中国・アフガニスタン、西にイランをはじめとする中東諸国と接するこの国は、歴史的にあらゆる民族が交わる場所であった。

入り組んだ山間部はそうした民族や文明の侵入や支配から逃れた人々が隠れるのにも最適な場所で、現在も「パミール人」と総称される、パミール諸語を話す人々が独自の言語や文化を守りながら暮らしている。


西から北はウズベキスタン、北にクルグズ、南にアフガニスタン、東に中国・・
有名どころに取り囲まれて、板挟みになっているのがタジキスタン。


ドゥシャンベ滞在時間は3月16日から19日。
実際に日本を発つのは3月15日、イスタンブール経由で、待ち時間を含めると実に片道20時間を超える長距離・長時間フライトを経ての入国となる。
私自身は20代でありながら、長らくひどい腰痛・肩こりに悩まされてきたので、フライト中にも腰痛にやられて身動きが取れなくなりかけたのは、今でも笑い話にならない。



今回は私が所属する筑波大学と協定校のロシア・タジク・スラヴ大学(Российско-Таджикский Славянский Университет, РТСУ、以下スラヴ大学)との間で国際会議「文明のクロスロード」を行うこととなり、私は同時に行われることとなった学生交流を担当することとなった。

とはいえ、筑波大学から派遣されるのは私を含めて4名。
つまり学生はわたし1人なので、この話を聞いたときにはため息と同時に、どうなることやら・・・(まあいつものことだけれど)と思うのであった。


成田からイスタンブールまで13時間かけて来たかと思えば、
5時間かけて来た道を東に半分戻る・・・

さて、成田からトルコ航空に乗ってイスタンブールまで13時間
無料wi-fiも座る場所もないアタテュルク国際空港で待つこと4時間、更にそこから東に5時間戻ってようやくドゥシャンベに到着する。(東京からドゥシャンベまで22時間・・・)


ドゥシャンベに着いたのは3月16日、朝の4時半のことだった。
着陸直前に入国審査のことで頭がいっぱいになって、着陸してから空港に移動したときのことはよく覚えていない。
ウズ長期滞在経験者にとって、最も緊張するのは出入国の瞬間だ。
試されている、としか思えない洗礼の瞬間を今回も迎えることになるのだろう・・と緊張したのだが、何と着陸後に個別に呼び止められ、VIPラウンジに通されたのだった。


どうやらスラヴ大学の先生方の取り計らいだったようだ。
先生方がラウンジまで迎えにきてくださり、温かいお茶で歓待を受けながら入国カードを書くことになった。
お茶を口にした瞬間、ああ私は中央アジアに帰ってきたんだ!と実感すると同時に、人生初のVIPラウンジ体験を愉しむのであった。

夜明け前のドゥシャンベ空港に、煌煌と浮かび上がるДушанбе (ドゥシャンベ)の文字。
どうやら本当に来てしまったらしい。実に長旅だった。

難なく手続きが終わり、物足りなさを覚えながらも空港から出ると、山からの吹き下ろしが体温を舐めるように奪っていく。
だが、ここはナウルーズも間近に迫る中央アジア。
日中にはじりじりと肌を焦がすような陽光が照って、気温は25度前後まで上がった。(だが乾燥しているので暑くは感じない)


到着は早朝、まだ外も暗い時間だったので、この日は仮眠をとってから昼過ぎに大学訪問をすることとなった。
スラヴ大学の校門をくぐるなり、学生たちが国旗カラーのスカーフを首に出迎えてくれた。
そして何よりもインパクトがあったのは・・・・・・これだ

校門をくぐってすぐのところに展示されているのは、
タジキスタン・ラフモン大統領とロシア・プーチン大統領のツーショット

ロシア政府の出資によって建学されたこの大学には、大学名に「ロシア」が入っているのはもちろんだが、学内にはロシアの国旗はもちろん、プーチン大統領だってこんなに目立つ形で飾られて(祀られて?)いる。


そのほか、ロシア語教育にも力を入れているようで、Фонд Русский Мир (ロシア政府系のロシア語・ロシア文化教育を促進する財団)のタジキスタン支部も学内にあるくらいだ。

大学図書館にはフォンド提供のロシア語の書籍も数多く取り揃えられていたが、担当の先生はこう嘆く。曰く「見てください、本はこんなにも綺麗なままです。学生たちは全く本を読もうとしないのです」

図書館の閲覧室はこのように中々清潔で綺麗だ。
けれども放課後も利用者は少ない。

確かに放課後の時間なのに図書館には学生が一人もおらず、閑古鳥が鳴いていた。
本はいずれも比較的新しいものが多く、まるで新品そのもの。
けれども学生たちのロシア語力が低いかと言われれば、決してそんなことはない。

確かに本はいずれも綺麗で、読み潰された痕跡はない。
本のバリエーションは意外にも豊富で、往年の名文学から近現代のモダンな文学作品などなど。
英・仏文学の有名どころのロシア語版などもいくつか置かれていた。


タジキスタンもかつて、他の旧ソ連諸国と同様にロシア系住民を多く抱える国であった。
しかし、独立後から90年代後半まで続いたタジキスタン内戦により、国民全体の8%程度を占めたロシア人は国外に避難し、1%台まで落ち込むこととなる。
こうしてロシア語話者を短期間で大量に失ったタジキスタンは、一時期ロシア語が聞こえなくなったと言われた。しかし近年はロシア語をはじめとした言語教育に力を入れ始めたようで、確かに若い世代を中心に流暢なロシア語を話す。

公園でたまたま出会ったタジクの女の子たち(10代)とは、ロシア語で問題なく意思疎通がはかれた。
記念に一枚!


その後もスラヴ大学の先生方による、心からのおもてなしは続く。
初日の午後は副学長のひとりが自家用車を自ら運転して、ドゥシャンベの街を案内してくださった。
ドゥシャンベの街はとてもコンパクトで清潔で、かつて私が暮らした大好きな街・タシケントを彷彿とさせるこの街の雰囲気が心地よくて、何だか心が躍る。
タシケントがお気に召したそこのあなたは、ぜひドゥシャンベにも寄ってみてはいかがだろう。きっと気に入るだろう。


けれども、タシケントとは決定的に異なるのは色々なものが「巨大」であることだ。
例えば世界最大の図書館があったり、世界最大の国旗もあったり・・・

副学長曰く、どうやら大統領は世界で一番大きなものシリーズがお好みらしい。
世界最大の図書館、国旗、と来たら、次は何がつくられるのだろう。乞うご期待?


高さ165m、旗は30m x 60m、旗の重さは700kgだそうだ。
その高さたるや、見上げると首が落ちそうになるほど。

ドゥシャンベはまだまだ高層ビルが少なく、どこからでもこの巨大な国旗が見えるので、方角を知るのに便利であった。(本来と用途が違う!というツッコミは無用)
目抜き通りはよく整備されていて、空気も山があるからか心なしか新鮮だ。


シャシリクを焼くお兄さんたちも、写真撮っていい?と聞くと、
焼いてるところをカッコ良く撮ってくれよ!と快く応じてくれた。

タシケント同様にドゥシャンベの人々は朗らかで人懐こい。タシケントで一年間暮らした身としては、ドゥシャンベの人々はまったりとしていて、スレていないように思えた。
一旦知り合えばとても良くしてくれて、彼らの底知れぬホスピタリティには感銘を受けることとなるだろう。


ドゥシャンベを心底気に入って、とても大切な友人もできた。
今回の投稿では楽しいドゥシャンベをお伝えするとともに、
ドゥシャンベと友人たちに、「ドゥシャンベの中心へ、愛を叫ぶ」ことにした。勝手にね。


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