2015年7月8日水曜日

タシケント留学で得たものは何か、考えてみる

珍しく毎週観てしまうドラマがある。TBSドラマ日曜劇場「天皇の料理番」だ。

このドラマのの主人公は、日本一の料理人になるという大きな夢を抱え、
紆余曲折を経て20歳で単身パリへと料理修行に飛び出し、
帰国後に夢を叶えて大活躍——

と、まさに「留学の手本」を示すようなドラマとなっている。
そのことから、昨年度から始まった「官民恊働留学支援制度〜トビタテ!留学JAPAN」という留学支援プログラムとタイアップしているとか。
このプログラムに関しては色々と思うことはあるが、少なくとも奨学金制度は他のどんな奨学金よりも充実しているので、いささか羨ましくもあるのだが、それはここでは置いておくとして。

ついつい毎週楽しみに見てしまう「天皇の料理番」
当時は留学するのも高額で、上流階級の子息しかいけなかったほど。
帰国後の出世は約束されるほど留学の数も少なかった。

ここでふと考えた。
ウズベキスタンに留学して私が得たものとは何だったのだろうか。

ドラマ「天皇の料理番」の主人公・秋山篤蔵は20歳でフランス・パリへと一流の料理を学ぶために留学する。料理の知識にフランス語力のみならず、当然ながら多くの人と知り合い、フランスの文化にも触れ、多くのものを吸収していく。
(ああ、何だかとっても眩しい!キラキラしている!パリというだけで既に直視できない)


もう1年半前になるが、私自身が留学から帰って間もなかった頃には漠然と「一通りのウズベク料理が作れるようになりました」だとか「ウズベク語ができるようになりました」と、何とも薄っぺらいことを言っていたように思う。
もちろんウズベク語もウズベク料理もできるようになったが、得たものは決してそれだけではない。少なくとも、得たものを武器に駆け出そうとしている今なら分かる。


当然ながら私と、このドラマの主人公が留学で目指したものは大きく異なるし、私もまだ途上にあるわけだが、帰国から1年半経って思うことを自分のためにもいくつか書き連ねておきたいと思う。(そしてそれが、今後ウズベキスタン、あるいは中央アジアに留学しようと志す誰かにとって小さなアドバイスとなればいいなと思いつつ)


1. 過酷な気候環境・理不尽な環境下で生き抜く力
人はこれをサバイバル力という。
後にも先にも、夏場は+50度以上、冬場には-20度以下という過酷な気候のもとで1年間過ごしたのは良い経験だった。この先どう転がるか分からない人生だが、モスクワだろうがドゥシャンベだろうが、基本的にはどこでも暮らしていける自信はある。

私が留学した年は「100年に1度の寒さ」といわれるほどに寒かった。
-20度以下の寒波が襲い、濡らしたタオルでチャンバラができた。

そして、ウズベキスタン(のみならず旧ソ連はどこもそうだが)では、とにかく理不尽なことに多く見舞われる。それでも慣れとは恐ろしいもので、そのうち理不尽なことにイラつくことはあっても怒るまではいかず、飲み会のネタにするくらいにはなるかもしれない。


2. 語学力と交渉力
旧ソ連諸国に留学すると、嫌でも身に付くのはこれだ。
少なくともウズベキスタンでは「沈黙は金なり」なんてことはなく「沈黙はバカ」だ。なので、話さないと何も物事は進まないし、生きていけない。
座学では学べない「生きる力」を含んだ語学力は間違いなく身に付いた。


3. 研究に不自由しない程度の語学力
日本にいるよりも資料に当たる時間も、インフォーマントと語らう時間も確実に長くなるのが留学の醍醐味のひとつ。
少なくとも私自身が留学していた当初は3つの言語で資料を読み、インフォーマントから話しを聞いていた。留学を始めた頃は聞き苦しい言語能力ではあったが、少なくとも今はいずれの言語も意思疎通は問題ないほどに成長したので、めでたし。

でも、ウズベク語はゼロの状態で行ったので、こればっかりは人並み以上に勉強した。
今ではロシア語よりも得意になってしまった・・

4. 人脈
例えばそれは現地の有力者だったり、警察の偉い人だったり、各国大使館中の人だったり、もしかするとショート・ビジットでタシケントを訪れたこの地域の研究者だったり。
少なくとも現地の有力者にコネがあると、何かしら問題が起きたときも安心だ。すぐに解決する。

あるいは、同期の留学生など、同世代の日本人の友人はウズベキスタンで苦楽を共にすることにもなるので、かけがえのない友人になるに違いない。


5. 度胸と図太い神経と図々しさ
日本では結構嫌われる図々しさや図太い神経だが、ウズベク社会ではこの「三種の神器」を持たぬ者はあっと言う間に淘汰されていく。
列(というか群れ)では尻も肘も使って人の波をかき分けて我先に、と進む。
値段を言われれば、まず「まけてくんなきゃ買わない」と大きな声で言う。
日本でやれば、まず白い目で見られるが、ウズではみんながこうなので思い切ってやらないと生き残れない。


6. 心の余裕?
ある意味では心の余裕というのかもしれない。
ウズベク社会はまったりとしたペースで流れている。日本社会のスピードを10とすれば、ウズ社会はたぶん2か3だ。物事がまったく進まない。何度うるさく言っても進まない。
日本社会のスピード感で暮らしていると、いつの日か発狂するだろう。

「こういうものか、まあ焦ってもしょうがないよねえ」
焦ることの無意味さを学んだ。(もちろん、日本でも焦らないようになったから、これはこれで問題なんだけれど)


7. 脂肪
ウズベキスタンに暮らすと、必ず1度はひどい下痢にやられる。
私の場合は夏場に生の豚肉を食べてしまい、1ヶ月ほど断続的にお腹を壊した。
そのおかげ(?)か8kgも減量したのだが、その後バクバクと食べてしまい、結果的にリバウンド、出国したときよりも7kg増やして帰国するに至った。
ウズベク料理は美味しい。日本人には好き嫌いがハッキリ分かれるが、脂も肉もたっぷりのウズベク料理は私にはご馳走だった。



留学の手本からは程遠い私のタシケント留学が浮き彫りになったわけだが、
少なくとも生き抜く力はアップしたということで・・・・

私自身は日本の生活よりも、ウズベキスタンの生活のほうがラクだった。
心が鎖から解き放たれるような感覚とでも言うべきか。
少なくとも今もウズベキスタンに帰りたくて、ウズウズしているくらいだ(寒)



そういえば、最近はウズベキスタンでもwi-fiが使える場所が少しずつ増えてきているらしく、スマートフォンを使う人も増えてきたようだ。
私が留学していた当初は全然なくて、↓のようなポケットwi-fiがあればもっと気楽に色んな場所を散歩できたな・・と思うばかり。





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